この『おとらく手帳』は、2006年〜2010年です。2011年以降は、新しい『おとらく手帳』へどうぞ!

風工房にて

  • 2006年02月23日(木)
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2月18日。京都伏見の風工房、前回書きました慧奏との出会いを作ってくれた、斉藤 洋氏の伏見のアトリエでの最後のグループ展の案内状をみて、前々から訪れてみたかったアトリエで演奏させて頂くことになりました。
着いてみると、長尺物を染めるにふさわしい古い酒蔵。140帖の広い会場には長野県、東京、京都、大阪など、彼の活発な活動を伺い知ることのできる、多彩なジャンルの作家の素晴らしい数々の作品が展示してありました。新しい工房が京都の黒谷さん近くにすでに完成しているとの事、めでたい会であります。そそくさと準備を終え、斉藤洋氏の作品の前でソロの演奏をし、法然院の「遊びの寺子屋」などの御縁をいただいた、詩人の深井ゆうじんさんと詩の朗読との即興のセッションをお願いしました。でも一緒に演奏するのは始めてでした。彼の低く落ち着いたやさしいことだまが魂にひびき、絶妙な間をつくりだし、近所を通る電車の音、こどものこえなどが一つになり、とても穏やかな、時が流れました。そして、今年リトアニアでであったカンクレスでの新しい曲とふるさとを演奏。終演後、皆さんとおいしい御馳走をいただきながら歓談、ああやっと此処に来れた至福の時を過ごしました。

慧奏と、共に。

  • 2006年02月20日(月)
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一月は、盟友、慧奏(えそー)との演奏が3本ありました。その一つが風の楽団15周年であり、TORII HALL15周年の、メモリアルなコンサートでした。
慧奏と出会ったのは18年前、当時私は、ジョン ゾーンやネッド ローゼンバーグなど、ニューヨークのポストモダンのアーティストとの共演や舞踏の音楽の作曲をしていました。
共通の友人で染色家の斉藤 洋氏の紹介で天河弁済天の楽士として笛を吹くため、近鉄電車下市口駅で雪の降る寒い日にまちあわせ。彼の車に乗せてもらって、山の中へ、行けども行けども曲がりくねった道、今のように整備された道路ではありません、対向するのもままならぬところもあり、本当に秘境に行く感じでした。やっとの思いで着くと、にこやかに迎えて下さった柿坂宮司、遷宮まえの旧の神殿。深夜にわたる奉納の演奏、気がつくとうす明るくなっていたように思います。心あらわれる、神秘的な体験でした。それから彼の主催するグループTyco(タイコ)のメンバーとして、数々のライブ、コンサート。そして、私が音楽担当(作曲、指揮、演奏)、京大西部講堂での維新派公演、少年オペラVijuの音楽ハーディーガーディオーケストラの主力メンバーとして互いに、研鑽していた間柄でした。そして、遷宮後の式典で新神楽をという御依頼で、楽器の選定から音合わせまで慧奏と当時まだ希少な民族楽器を扱う神戸の楽器店を捜しまわりました。
その御縁で、風の楽団が発足したのです。15年という年月を思いめぐらすコンサートでありました。

リトアニアへの旅

  • 2006年02月17日(金)
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厳冬のリトアニア、アースブリーズ3の「ふるさと」がおりてきた、魂がふるえた大地に帰りたくて。
昨年はNHK FMセッション505Wong Wing Tsan &Friendsの収録で、スタジオにお越しいただいた、お客さまのためにふるさとを演奏、感動的な演奏でこれは放送されない運命にあるのかと思いきや、偶然聞いたセッション505アンコールスペシャルで聞くことができました。いろいろな所で、いろいろな方と演奏しました。涙されるかたも多く、不思議な力のある曲です。その地に行きたかったのです。
寒い所は、寒い時にというニョタさんのポリシーで、インターネットの気象予報で調べても、最高気温がマイナス15度、最低気温がマイナス20度でした。
フィンランドエアーでヘルシンキ経由でリトアニアの首都ヴィルニスに着きました。夜10時すぎ、空港から出タクシーにのり、愕然としました。車が凍っています。ホテルの住所をみてドライバーはノープロブレムと車をはしらせました。あきらかに道路は白くきらきら輝いています。スピードメーターは80Kmをさしています。ノープロブレムやないですよ。こわいでしょ。無事ホテルに到着。今日から急に寒くなりマイナス28度だそうです。ヒエーー。少し熱めのバスタブにつかり、ゆっくり休みました。
翌日、町を目指して歩き始め、頬がつっぱり、ヒゲが凍り、眼鏡が息でこおりなにも見えなくなり、顔じゅう痛い、冷凍されている。川を見ると湯煙のようなものをあげながら氷が流れています。えらい所へきてしもた。次の日川は真っ白に凍りついていました。

リトアニアへの旅その2

  • 2006年02月16日(木)
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朝日は9時ごろ、カーテンをあけるときらきらで輝いた空気のむこうに教会の屋根やお城がみえます。これがダイヤモンドダストなのだとわかった時どきどきしました。
ホテルでゆっくり食事を楽しんで、でもはやく町へでかけたくてしょうがなくなりました。インターネットで旧市街のなかのホテルをえらんでよかったとつくづく思いました。毎日歩いて散策する事が出来てとても幸福でした。
ホテルのフロントでしらべてもらった楽器屋にたどりつき、29弦、と12弦のカンクレスを発見、しかしケースがない。
次の日、12弦の方は、見つけてくれた既成のケースにちょうどはいったのですが29弦のはダンボールにいれて持って帰れというのです。
そういうわけにはいかず、支払いがユーロではなかったので、又、次の日いくとオーダーメードでケースをまにあわしてくれる工房がある事が分かり、結局毎日楽器屋さんに通ったかいがありました。
街全体が冷凍庫のような感じで、走っている車が凍っているのです。あちこちでバッテリ−のあがった車がブースターケーブルをつないだり、牽引してもらって坂の上から、おしがけならぬ引きがけをしたり。寒さになれたこの国の人にも、大変な寒さのようです。日本の観光団など勿論いません。モスクワは此処より南なのにマイナス50度、ロシアの観光団の人々がいましたが、彼等にとってはここは暖かい観光地。
マイナス30度でも露店商がでていて、手造りの木のスプーンや櫛を売っていました。もちろん街頭に立っているわけです。強いですね皆、普通に何ごともすすんでいます。僕は手袋をおばさんの露天商から買うとハラショーといわれました。リトアニア語ではアチュというんですよ。その後、後ろ姿で中学生ぐらいの女の子にグルジア人といわれ、前からみられて、ヤーポン。此処の人達はやさしい。

リトアニアへの旅その3

  • 2006年02月16日(木)
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ケースは帰国の1日前にできるとの事でひとまず安心安心。
ところが、先年はじめてフレーテとカンクレスにめぐりあったお店が、見つからないのです、まずこのあたりのはず、なのに、旧市街は入り組んでいるし、三時ごろから日がくれてくるし、三日目にやっと、大統領官邸にたどりつき、この道を入った左側、と思って捜しましたが、やっぱりないのです。もうなくなっていたのです。
それでも諦めきれずに、フレーテをもとめて歩き回りましたが、ありませんでした。
2年前のあの時の出会いは、やはり奇跡のできごとだったと、つくづく思い、またまた感動してしまいました

毎日前を通っていたCDショップに入り、民族音楽のCDを求めました。一枚買って店を出たのですが、今せっかく此処に入るのだからともう一度戻り、気になっていたCDをもとめ、わたしは、ドイツのIC/Musicからアルバムを4タイトル出しているので、コンピューターで検索してみて、というとすぐにKosei Yamamotoででてきました。ヨーロッパではけっこうポピュラーなんだねといってもらい、ちょっとうれしかったです。
ホテルの人に連絡をとってもらったカンクレス民族楽器の工房の人がホリデイで暖かいところへ行っているとのこと、彼が帰ってくる日と、僕らが日本に帰る日と重なって会うことができませんでした。
その後電話で話しましたが、メールアドレスを聞き取るのが精一杯、メールのへんじが1度きたのですが。顔を会わせていないので、あとのコミュニケートがとれません。
なんとか、僕の気持ちを伝えようと、アスブリーズ3をエアメールでおくり、1曲めの「Home Town」はこの国のフレーテとカンクレスでできたことだけつたえました。
そして1週間後、「あなたの音楽は美しい、どんなフレーテがいるのか」というメールがきました。みもしらぬ人と心で繋がった気がしました。音楽は言葉や心の壁も開いてくれることに感動し、こえをあげて泣いてしまいました。まだフレーテが着くまでには、かなりの時間がかかると思いますが、もう安心。こんどは、工房にゆきたいとおもいます。

帰国して、ちょうど同じ頃リトアニアよりまだ北のノルウェーに行っていた田中峰彦氏と話す機会があり、彼が行った所の温度はマイナス1度ぐらいということを聞き、もっとノルウェーはふつう低温なはずです。温暖化で極地方の海水温度が上がり、内陸地方が放射冷却で低温になり、ポーランドではどか雪、日本でも同じように豪雪、多くの犠牲者と、甚大な被害をもたらしました。この地球で今起っていることの恐ろしさを実感しました、どんなにささやかでも僕らが出来ることをしなくてはと、思っています。アースデイ4月22日自転車発電でライブをします。具体的なことはまたお知らせします。