この『おとらく手帳』は、2006年〜2010年です。2011年以降は、新しい『おとらく手帳』へどうぞ!

9/27 四国巡礼のテレビを見ていると、四国から、栗が届きました。そして、思いはふくらんで、、

  • 2006年09月27日(水)
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昼のNHKの趣味悠々という番組をなにげなく見てい
ました。四国巡礼のHow toを懇切丁寧に説明してく
れる番組で、団塊の世代にむけて制作されたように
感じました。
11年前、首の頚椎の手術。退院してから作曲の取
材と称して、四国巡礼に誘い出してくれた藤條虫丸
と共に旅したこと、これが現在のぼくのある意味で
スタートだったのです。なつかしく見ながら、妻と
も行ってよかったねと和やかに話していると。
アースブリーズ3の「ふるさと」テーマ部分がまる
まるかかりました。こうして聴いていると、ウォン
さんや、アースブリーズコンサートを、主催してく
ださった和歌山の護念寺さん実行委員の皆さんの優
しさに、またしても生かされている今に感動しました。

2007年問題でこれからのあと20年どう生きる
のかを楽しみ模索する団塊の世代とよばれる僕達。
生まれたくて生まれたわけでも親を選ぶことも出来
ない、人口が多いのでひとくくりにされがちですが
それぞれはあくまでもひとり独立した存在であるわ
けです。
まあ数の多さから影響もおおきいわけですけど。
僕の父は満州で農業の指導者のしごとをしていました。
クラッシック音楽が好きで、放送局の選曲をし
解説文を書いたり、僕に音楽の影響をあたえてくれ
た人でした。終戦まじかに召集され、わたされたの
は木銃、すぐソ連軍の捕虜になりウランバートルの
捕虜収容所に捕虜として収容されたそうです。先年
亡くなりましたが、戦争のことを聴いておきたくて
何度もたずねましたが、そのたびに口は重く多くを
語ってはくれませんでしたが、極寒の地で森林の伐
採の強制労働で、多くの人々が亡くなったこと、室
内に入る時に、指先の骨が透けて見えないかお互い
に確認し、鼻先や手と手を会わせこすりあって暖め
ないと、凍傷で壊死をおこし衰弱し、亡くなる。
衰弱してくると室内に入る手擦りも十分出来なくな
り死に至る。父は、絶対生きて日本に帰ると強固な
意志をもって、夏、冬に切り出した木材を筏にして
川を流す労働をしているとき、脱走したそうです、
捕まってもどされてもまた脱走したそうです。
その収容所の所長さんは優しい人だったのでしょう
父の生存への勇気に敬意を払い食堂勤務にまわして
くれたそうです。
普通だったら殺されている所でしょう。
そして、先に1才そこそこの乳飲み子の兄を連れ命
からがら引き上げて来た母の所へ父は帰ってきたの
です。焼け野原になった大阪を捜しまわり焼け残っ
た都島の友人宅に身を寄せていた所にたどりついた
のです。この戦争で世界中にベビーブーマーと呼ば
れるおおくの子供達が生まれた影には、ひとりひと
りの生まれる為の奇跡があったのです。

音楽好きの父なのですが、僕の進路で音楽方面にい
くことをなぜか猛反対した父。
その父が82才のとき肺がんで苦しんでいるまくらも
とで、か細い声で「あれかけて」といったのがアー
スブリーズでした、かけているあいだはすやすやと
眠ってくれました。痰がたまり呼吸がくるしいので
背中を摩りながら、ぼくを生んでくれてありがとう
とアースブリズをかけながら声をかけました。
ウォンさんと僕がつくった、アースブリーズで、
すこしでも、苦痛をやすらげることが出来たことが
ありがたかったです。

第二次世界大戦のおとしごが定年をむかえ、人口の
多さからさまざまに批判もうけ、実際、その批判に
行動で答えていかなければならないのですが、ひと
り一人にそんな奇跡のドラマがあり、それぞれの奇
跡に気付く時、おのずと答えが見えてくると思います。

気持ちよかった。チャクラ ライブ 9/22 報告

  • 2006年09月27日(水)
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9/22(金)チャクラライブ
長田TACO和承とジョセフ、ンコシと僕のトリオ、最初から気持ちよいだろうなと
想像していましたが。すごく、気持ちよかったです。

気持ちよかったです。チャクラ ライブ 9/22

  • 2006年09月27日(水)
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ローカルな話なのですが、ジョセフの家まで楽器を運ぶため行ってみるとなんと自転車で5分のご近所、車だと一方通行で遠回りになりますが。
打ち合わせは、それぞれを大切に、それだけ。テーマは「まったり」何処にもない組み合わせ、プロデュースはチャクラのオーナー、目論みははずれなかった。
御客様は遠く岡山からも来て下さいました。ありがとうございます。

Gallery HAY-ON-WYE(ヘイ・オン・ワイ)で

  • 2006年09月17日(日)
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やっと少し落ち着いた気象になったかと思えば、ハリケーンが台風になってせまりくる。しかも日本に接近するにつれ巨大化してくる、かつてない事が起るのは、異常気象が新たな段階に入ったというのはうがちすぎか。

山下雪枝さんが主催する書道教室の方の作品展【 中間 聡 展 】の会場 9月6日
Gallery HAY-ON-WYE (ヘイ・オン・ワイ)で、僕の友人の書家伊藤 進さんが東京の銀座で個展を開催するちょっとしたお祝いのミニコンサートをさせていただきました。僕は晴おとこのはずなんですが、降ったり止んだりの雨。しっとりした空気のなか。アコスティックな響きの笛ソロ、29弦カンクレスで、新曲2曲をS,SaxとAltoFluteでデュオ、

ヘイ・オン・ワイ その2

  • 2006年09月17日(日)
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12弦、で新曲そして10弦で「ふるさと」今回のミニコンサートの主な目的、伊藤さんのリクエスト、のサリーガーデン。切なくも美しいメロディー気持ちよく演奏を終え、皆さんと歓談、気がつくと、中間 聡さんの素晴らしい作品につつまれて演奏していたのでした。

白浜 A地点からB地点 神戸へ

  • 2006年09月17日(日)

そして、9月9日を迎えるのでありました。

和歌山護念寺さんの御縁で茂原ドクターが招聘してくださった白浜で演奏後、ポトワの東野健一さんの展覧会での演奏が神戸で7時にあるので、移動は鉄道が確実と事前にインターネットの「おでかけネット」で時間を確認して出かけました。しかし、
JRみどりの窓口で、帰りの予約をとろうとすると「その列車は、日曜しかありません!!え?9/9土曜日で、検索して出てましたよ。おかしいですね JRさんしっかりお願いしますよ。重い楽器をかついで再び電車で家に戻り、車に乗り換え、出直し。
第一回和歌山統合医療研究会 JACT和歌山支部設立記念大会「癒しと蘇り」ー熊野と統合医療・未来科学ーの市民講座「笛の響き/深い森から」で演奏。美しい白浜の海の見えるホテルの会場で演奏。29弦のカンクレス12弦、10弦の調律をし、深く冥想の世界にはいりました。周りの喧噪は消え、電車で往復楽器を運び階段を駆け上がった朝の肉体的疲労も消え、静けさに満ちた平和な世界につつまれました。シンギングボールから演奏にはいり次々と、自作の倍音笛のソロ。そしてカンクレスとのデュオ4曲。皆さん静かな深い森の響きに浸って下さいました。日本統合医療学会理事長の渥美和彦博士も演奏が終わると静かに感動を伝えて下さいました。片付けをしている私達に、皆さんからよかったと声をかけていただきました。
4時過ぎに白浜を出発、渋滞もなく道路はスムーズ、6時30分には神戸三宮につきました。ところが、神戸は一方通行が多く、一つ道を間違えると、とんでもない所に出てしまい、同じ所をなんどもうろうろ、でも7時過ぎには、会場のCAPハウスに着き、7時30分に演奏を始めることができました。とてもひびきがよく、ブラジル移民の出発宿舎であったところを、保存し,今に生きるアーティストのアトリエであり、ギャラリー&ホールとしていかされています。「いかたこキスキス」というイベントの一環、以前に知り合いがいる空間として、たずね、カフェでお茶を飲んだ時なにか特別なものを感じていました。NHKのドラマでブラジル移民の家族の奇跡を描いたドラマを見、ここが希望と苦難と愛別の空間であることを知りました。鎮魂の音楽しかないと心込めて演奏しました。地球というこの星の上の大地、人類は、寒さ、雨や、嵐などから、家族を守る建造物、家屋をたてて、命を守り繋いで来ました。建物は、そこで暮らした人々の息吹きをすいこんで建ち続けていることを感じることがあります。音楽ホールは、よい音楽を聴き込んでより良い響きを育んでいます。そういったホールを沢山知っています。ましてや、運命を分かつような人々の息づかいを包んで来た建物は、独特の響きを持っていることを感じました。そして、15年ぶりの友との再会もあり忙しくも、満たされた時に感謝して帰路に着きました。

ゆらき その1

  • 2006年09月17日(日)
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翌日、9月10日は奈良県室生の家「ゆらき」での午後2時からのコンサート
僕と、田中峰彦(Sitar)日野哲(Bass)のトリオ、天気も好いので、僕達は縁側にセッティング、御客様は心地よいお庭で、TASMANIAのなかまの、山口智も遊びに来てくれて、ハンマーダルシマももってきて何曲かいっしょに演奏にも入ってくれました

ゆらき その2

  • 2006年09月17日(日)
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僕のソロからはじめ、ニョタとのデュオ、トリオ、全員、と90分の演奏の終盤の即興のとき急に雨が降り出し、田中峰彦が「あめあめふれふれ、〜、ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん」とお茶目に演奏、雨も楽しさにかわった瞬間で、笑い声があがりました。御客様は軒下とか、室内に入っていただき演奏は続行。最後の曲「ふるさと」は室内できいていただきました。

ゆらき その3

  • 2006年09月17日(日)
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楽器の真近かで演奏をたのしめたのが、なによりよかったようで、めずらしい楽器をはさんで、しばし談笑が続きました。片付けも終わり、オーナーの芦田さんと、落ち着いたうたげ。此のお宅は300年以上経つ、大きな庄屋さんの屋敷をオーナーの芦田さんが、原形を保ちながら美しく現代の暮らしに適応するよう手をくわえられた素晴らしい建造物。囲炉裏端で盃を傾けながら(もちろん、ドライバーは禁酒)最後の曲、室内ですごく好く響いていて心地よかった事に話がすすみました。黒く輝く大黒柱、太い梁、すべてが300年の家族や村びとの暮らしを見守ったこのお家に感謝の音楽を捧げることへ誘ってくれた、雨にお礼をしました。

この夏のおとらく生活 その1

  • 2006年09月05日(火)
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この夏もあちこち行く事になりとても忙しい夏になりました。京都、鳥取、滋賀へ旅をしました。

チャクラで、マンスリー。
僕の大好きな、ベイカー土居、長田TACO和承とトリオこの繊細、豪放、自由な、楽しみ。

この夏のおとらく生活 その2

  • 2006年09月05日(火)
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京都大学総合博物館で竹子のワークショップで、こどもがすごくかわいくて僕の中に音を楽しむのがメインで、作ることは音と巡り会う過程だという意識がどこかにあったのです。工作で危険なことも、できるだけこども独力で出来るよう、確信を持てるよう声かけをかけ、つきそいました。出来た時のこどもの眼のかがやき、達成したよろこびを見た時、工作も大切と感じました。大学院生がアシスタントについてくれたのですが、かれらも、作りたいと自ら言ってくれて、工作機械を操りマイ竹子を作った時なんともいえない良い顔をしていました。

この夏のおとらく生活 その3

  • 2006年09月04日(月)
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鳥取の実家へ、ほんの一時御盆のお墓参り。いいとこだな!!

この夏のおとらく生活 その4

  • 2006年09月04日(月)
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鳥取の山男だぜ〜。

下の写真は、
FM79,7BONZE CAFEの番組に生出演させていただき、Tears of the Forestをはじめるきっかけ等、お話させていただいた時の記念撮影です。

この夏のおとらく生活 その5

  • 2006年09月04日(月)
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法然院の遊びの寺子屋お会いして4年ほどたつ中野亘さんのお誘いで、滋賀県の山奥を2日間旅をしました。その出会いは感動の連続でした。
小浜へ続く鯖街道からはいった山深い所にありました。
林業で有名なところですが、その山を、とても80歳には見えない軽々とした足取りで急峻な斜面をとぶように歩き回り、肌つやもぴかぴかのSさんがまもっていらしゃる美しい森。しかし、よく下枝打ちをされ手入れされた杉ほど節がないので雪に弱く、大雪の重さで倒れてしまい商品価値をなくす、ひきとってもらうのにお金を払わなくてはならない。倒れたままにしておくと危険だし、ますます山はあれてゆく。そこにあらわれた、某有名電気会社をリタイヤされたMさん、彼が独力で倒木を最も多く有効に利用出来るログハウスを作り、森林セラピの安らぎの里のNPO法人を立ち上げ、その空間で野外コンサートのできるステージを造りたいとの相談を受けた中野さん。僕らは響きをたしかめようと演奏をはじめたのです。30分ほどだと思うぐらいの時が、小川のせせらぎととけ込んで気がつけば1時間ほど演奏していたようです。もうすばらしい自然のコンサート会場でした。世の中にはすごい人がいる、森を守りまったくのボランティアで障害をもった人々と、ささえる人々を迎え入れなんのへだたりもなく人々が集い、つながる森林セラピの里をつくりあげようとしているのです。頭が下がります。来年はぼくたちも木の皮をむいたりぐらいしかできませんがお手伝いし、森のコンサートを実現したいと思います。
その晩は中野さんの葦葺き屋根の古民家のお宅に泊めていただきゆっくりお話していると、金沢の聞善寺の話が出て来ました。中野さんが映画「ナミィーと唄えば」の本橋成一監督の映画の上映会に金沢の聞善寺に行きその夜は監督と飲み語り明かし、翌朝Tears of the Forestのチラシをお寺の今井さんに手わたすと、僕の名前を見つけ良く知っているとびっくりされたそうです。そうなんです、もう19年ぐらいまえ、僕たちがメモリアルキルト(アメリカではじまったHIVでなくなった家族や友をしのぶためにつくられたキルトをつくり展示する活動)を日本へ招致した斉藤洋と、チャリティーテープ(For the Quilt)の製作と演奏をともにした慧奏と、お世話になったこと、その活動が聞善寺さんの現在につながる活動のスタートだったとのこと、などあちらこちらでつながっていて。現在もなおつながっている事に感激。

この夏のおとらく生活 その6

  • 2006年09月04日(月)
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森定道広、維新派の音楽を担当していた音楽家、僕も時期は少しずれますが、音楽監督をしていました。
チャクラのマンスリーでデュオ

この夏のおとらく生活 その7

  • 2006年09月04日(月)
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もう6回めをむかえる、Tears of the Forest ,
法然院の梶田真章さんに感謝。

この夏のおとらく生活 その8

  • 2006年09月04日(月)
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宮城久典さんの明かりが宇宙をつくりだしてくれ僕達は此の壮大な宇宙の片隅に住まわせていただいている感謝と、浮遊感、ひぐらし、せみ、犬、救急車と一体になり演奏。スタッフとして、写真家として関わってくれている下田学。今年から、ムービーをまわしてくれている佐野さんチーム。そしてたくさんの御客様に感謝。森の中、きれめの木の間からのぞむ月が美しかった。

この夏のおとらく生活 その9

  • 2006年09月04日(月)
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翌日は、滋賀県信楽の碧水ホールでの演奏、すばらしい、フェスティバル。
森定のトリオ(モリサディズム)で参加、地元のビッグバンドもすばらしいサウンドをだしていました。