この『おとらく手帳』は、2006年〜2010年です。2011年以降は、新しい『おとらく手帳』へどうぞ!

4月・5月の旅 その1(写真は大山山開き会場)

  • 2007年06月16日(土)
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アースデイ自転車発電ライブ前後から、波のように動きやっと落ち着いたかなというところです。いろいろなところでお会いしお世話になりました皆様、ありがとうございます。

目には見えない力に引き寄せられるよう動いていました。15年振りにお会いしたルプ社長、平尾恭子さんがおられました。化学物質過敏症で苦しんでおられる方々のため総ステンレスのオーダーメイドキッチンを作られ、丁寧にくみ上げられたキッチンで病も癒され外出できるようになった方もおられるそうです。その延長上さらに優しく進化され新月伐採の木を接着剤を使わないでくみ上げたキッチンのショールームをオープンされました。5/17(新月の日)新しいアルバム「月ゆめ」と繋がっている思いから、オープニングセレモニーで演奏させていただきました。日本の森林が荒れ果てて行く原因の一つは安価な輸入材の自由化です。林業は、孫子の代で収益をあげるため、今コツコツ手入れをし、先祖が手塩にかけた材で豊かな山の暮らしを守って来たのです。その素晴らしい伝統が、自由化という外圧で崩されていってしまいます。農業も、米の自由化、、、の自由化という、不自由で崩されています。調和して生きて来た伝統的生活が成り立たなくなります。そんな中、新月の前1週間に伐採した木は丈夫で、くるいにくい特性がある事に着目した人々が、接着剤を使わないで木材活用の新たな可能性に着目、人は、炭酸同化作用ができないので、色んな生物のお命をいただいたおかげでありがとうございます100歳。
屋久杉は太陽と水、空気、の御恵みで、誰の世話にもならず、凛と8000歳。
人間以外の生物は、おたがいあるがままを受け入れたうえで、生命の営みがあります。
月の暦は身近に置くだけで宇宙のリズムをもっとも身近に感受させてくれるかたち。この暦が身近にあるだけでその大きなリズムで生かされていることを感じる事が出来ます。屋久杉はともかくとして、この宇宙の一人である事を感じるのは素敵な事だとおもいます。長くなりますが、お時間よろしければ、続きを読んで下さい。

続く その2

  • 2007年06月16日(土)

この手帳に至るまで、沢山の事があり書ききれていません、これは本当に手帳を開いて書き付けておかないと大切な宝物がこぼれていってしまいそう。
4/15京大西部講堂、春咲き祭り、自転車発電のステージで「月ゆめ」のレコ発ライブ六ヶ所ラプソディーの鎌仲監督がこの発電機担いで輪島の震災の被害者にすぐにでも行きたいと云ってくれた。本当にそうだ、災害地にすぐ動ける機材だ。
夜は「どんと院バンド」ろくろう、さちほ、太郎、ここは西部講堂「どんと」がすぐおりてきてくれた、空気が変わった。
ラスト、サヨコもはるこちゃんも歌い踊っていた。
祭りがおわって、うらでまかないを食べていたら、おとらく通信のファンの方が、あまりコンサートに来ないので、名簿から削除されたのじゃないかと心配してきてくださった。コンピューターが変わって一斉送信ができないので通信がストップしているのです心配かけてすみません。ごめんなさいと謝りました。

続く その3

  • 2007年06月16日(土)

4/18淡路市サンシャインホールで風の楽団コンサート、遠くから沢山の人が来て下さいました。高知県、東京から風楽が音楽を担当させていただいた映画「舟山へ登る」の監督 本田孝義さん、大阪、もちろん地元淡路の皆様。風の楽団はなんて素敵なバンドなんだろうと我ながら思います。16年もいつも新鮮なイメージで自由に演奏できるなんて。その日はホテルにとまり、
4/19スタジオで風の楽団Newアルバムのレコーディング。
4/20へのへのもへじ文庫で竹子のワークショップ、学校が終わって、子供たちが続々やってくる。大きな木の陰に絵本や、木の温もりのある子供たちの隠れ家。まず、竹の中でもう音が響いていることをみんなで感じて、ボール盤という大人の人でも触った事の無いような機械で、竹子の歌口をつくります。僕はじっとそばで声をかけながら、手はそえているが力は貸さない。自分の手で指で機械の先端が竹に触れ、音が変わり、煙がたち、貫通するまで、ひとりでやりきってもらいます。危険だから、じゃーどうやったら危険でないのか、ひとりでやりきる事で、回避する能力が出来と信じています。貫通したときの子供たちの笑顔、達成感。
ピープー音を聞きつけたのか、大人もどんどんやってきました。結局持っていった竹は全部無くなりました。さわやかな風の中で笑顔がいっぱい。かたづけしばらくお茶を飲んで休憩、夜はオーガニックレストランばんまいにてライブ。
4/22アースデー小雨決行、雨の中一丸となった強力なスタッフの体制、参加して下さった方々ぬれながら皆楽しんでいってくれたと思います。ありがとうございます。
夜、PINOでJosef Nkosiのライブでゲスト出演。僕の信頼するスタッフ観月祭チームがルートを下見してくれていたので安心。いっぱい演奏、楽しかった。
4/25法然院遊びの寺子屋打ち合わせ
4/27チャクラマンスリーライブVol,49多空 長田TACOちゃんも遊びに来てくれて最高
4/28りんどうさんレコ発ライブat拾得、会った事の無い人がたくさん、ザバンドオッブハレルヤ。ズーット一緒にやってきたみたい。かっこいい、またやりたいねと云ってたら7/7和歌山バグースで実現。みんな来てね!!

続く その4

  • 2007年06月16日(土)

4/29マハロ ホクレア 和歌山バグース、スターナビゲーションとよばれる、ハワイの伝統的航海術、で帆船ホクレア号が自らのルーツをたずねる旅、ありがとうございます。月ゆめから2曲、リんどうさんの曲、28日に続いてりんどうさんと演奏幸福です。
5月に入って高熱、咳で起きれない。2日の晩に出発しないと、虹の岬につけない。
医者に行き抗生剤入りの点滴をうけるもドクターストップ。
5/3虹の岬祭り無念の欠席
5/5親友、加藤祐三の七回忌(グリコのおまけのデザイナー)で演奏。
5/6こわれ者の祭典in大阪cocoroomの上田假奈代さんに月乃光司のぜひ大阪で祭典を執り行ないたいとのあつい気持ちをお伝えしました。月乃さんとは、昨年、歌舞伎昌三が「練炭火鉢で死ぬ前におれたちを見てくれ」東京新宿、Loft Plus Oneであることを教えてくれ、僕も頸椎手術から帰って来たSax奏者として、仲間にいれてもらい参加。苦しみを抱え、生きづらさを、さらけだし涙と笑いで心を開いて行く月乃光司のすごさを、大阪でも見てもらいたかった。そこで出会った仲間からメールをいただいて繋がっています。次回はスケジュールがあわなかった歌舞伎昌三とともに爆発しよう。
5/13今治つむぎの村の祭り
このまつりは、ほんとにゆっくり、人が人らしくつむいでゆく村を実現しています。
とんぼ返り、メンバーごめんね!!
5/15千早赤阪村、ラフォレスタ、MASAと演奏したのですが。この後ユーラシアルンツアーの津山で判明したことがあります。あとで(6/4の欄)もう少し解りやすく書きますが「ひしお館」で舞踊家「なすしずの」さんが5/14にMASAと共演、MASAはあす大阪の千早赤阪村で演奏するので移動すると云っていたそうです。それがラフォレスタ。
5/17ルプ オープニング
5/19和歌山日高町に移住した旧友のサイバーなSTUDIOでレコーディング。終了してすぐ、アースブリーズコンサートでお世話になった、護念寺さんに寄せていただきました。南海地震が取りざたされているおり耐震補強の大工事をなさっているとのこと。5月中でないと見る事が出来ないとお聞きしていたので、日のある明るいうちに到着する事が出来ました。門の外からも解る巨大な工事現場。耐震強度を高める事イーコール大屋根の軽量化。屋根全体を足場で囲いその上を覆う工事用の大きい屋根。足場に立たせていただいて、目の前にある大屋根、それはみごとな宮大工の職人の世界、身が引き締まる思いでした。銅板を幾重にも積み重ねた桧皮ぶきのようになっている目を奪われる曲線。伝統を守りながら、安全を確保する事を見事に貫いている崇高な姿を見ました。ありがとうございます。

続く その5

  • 2007年06月16日(土)

5/25チャクラマンスリーライブVol,50
ありがとうチャクラ山本公成ソロ
前半を月ゆめ、後半はバックトラックを作ってのライブ。
動いていない時はスタジオに引きこもって、アナログシンセにはまり込んでいました。前半も、「月ゆめ」の元ネタからバックトラックを起こそうとしたのですが、アルバム製作の全行程が終わったとき、コンピューターがフリーズして、友人に修理してもらったのですが、どこをさがしてもFileはあるのですが、音がないのです。テープメディアのも音程がおかしくなって使い物になりません。「月ゆめ」おまえは奇跡のアルバムだったのですね。沢山のお客様にかこまれ花束なんか頂いたりして、50回を祝っていただきました。本当に有り難うございました。またの機会をたのしみにしております。

5/26伊藤進とリキューの個展。ライブatヘイオンワイ
すこし寝坊して、3時頃ついたと思う。ちょうどライブが始まったころ、イリンバの美しい音色がビルの谷間に響いていた。複数で行うライブペインティングは相当緊張感のある物だと思っていたが、ふたりは、普通にリラックスしているように見えた。僕も早速Saxを吹き出した。しばらくペインティングと演奏があり、心地よい時に身を任せていた。ぼちぼち次行きますか、そこへ新たな書家が参戦、漆黒の闇がたれ込めて来た。ア〜〜!!
これぞまさしくバトル、予定調和のない緊張に満ちたピリピリした世界が繰り広げられた。これぞライブ!!

5/27マンディーサマサマ ガムランを救え、at神戸CAP HOUSE
百人以上のアーティストがボランティアで入れ替わり立ち替わり表現、諸経費を引いた入場料収入をすべて寄付する。あっというまに出番はおわった。次の本番に移動
といっても同じ三宮、行く時は登山、復路は下り坂、あっというまに音屋に着いた。
角正之 ナビゲートのZOYD 即興の音とダンスの怪しい関係。
ゲームのようなルールがある、あいてや観客に読まれないようにでもルールはまもる
おもしろいのだ。即興は!!

続く その6

  • 2007年06月16日(土)
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6/3 ユーラシアルンツアーの始まり始まり。わがふるさと大山の山開きの祭り
大山寺にお参りする時に車を止める博労座駐車場が会場。控え室のホテルの窓からの絶景弓ケ浜まできれいに見える、すっごい!!
ステージでサウンドチェックしているとピカピカの顔で両手を振って走ってくる顔が見えた、おっかけしてくれているジャイアンだ!!皆、空を見上げて気持ち良さそう。大山の北壁を見上げながら演奏できるなんてなんと云う幸福。
6/4 真庭市勝山ギャラリー野田屋 古い城下町の町並みを暖簾をキーワードに活性化させている町。町並みを散策していて「勝山文化往来館ひしお」に行き当たり、ここでお茶でもして行こうと立ち寄ると、カフェはお休み、オーナーに中を見せてもらたりして、「先日こんな公演をしましたのよ」と写真のファイルを見せてくれました。
そこに、「なすしずの」さんと、MASAが写っていました。「翌日大阪の千早赤坂村で演奏があるとおっしゃていました」それ、僕の事です。ここで繋がるわけです。楽しいな〜〜!!この日から、山村誠一が加わっての演奏。気持ちいいいい。
6/6岡山市蔭涼寺副住職の篠原さんが大変な音響マニア、、ショップス、ノイマン、etc数々の垂涎の名器で心地よ〜〜いライブでした。
このコンサートのリハーサル中、携帯に見知らぬ番号、かなり長くコールしているので、イタズラではないと判断、出ると「東京FMです、あす早朝6時15分の番組でロハスサイクルエコライブのインタビューをしたい」とのオファー、生放送なので固定電話でお願いしたいとのこと。ニコニコと楽しく動くことで世の中は変わるとのかくしんで。演奏終わりで大阪に帰り、スタンバッテおきますと答えた。
気持ちのよい解放された演奏だったので、お客様もゆっくりした感じ。
でもかたずけは、副住職自ら率先垂範、テキパキと片付いてゆく。感謝!!
岡山の皆様ありがとうございます。この中国地方ツアーにジャイアングループは全部ついてきてくれました。ありがとうニコニコ。
6/7午前2時松原着、3時就寝。5時30分起床 紅茶をいただき、、眠い!!。6:00から
東京FM電話生出演無事終了。もう一度本格的に爆睡。
6/8和歌山カンタデルソル懐かしい和歌山僕らの出会いの場所、ここでもラジオ和歌山の生出演、レポーターの人が一人で肩に担げるほどの軽い機材でスタジオともつながって枠内にピシャリ。
本番ライブはもう雲に乗ったよう。これで千秋楽とはもったいない。すぐ、次のツアーのはじまりだ。和歌山の皆さまありがとうございました。