この『おとらく手帳』は、2006年〜2010年です。2011年以降は、新しい『おとらく手帳』へどうぞ!

たんぼで子育て と アートでたんぼ

  • 2008年05月30日(金)
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もう4年目、近所の田んぼで子育てをする鴫のなかまだと思われる鳥
(ご存知の方名前を教えてください、黄足鴫に似ているのですが目と胸の黒い線が違う、飛ぶ姿が白いのではじめはゆりかもめだとおもってメールに書いたりしていましたが今年写真で姿を写す事ができました)3羽のひなが順調に育ち道路に飛び上がったりのやんちゃぶり、元気に歩き回っているひなを烏や猫の攻撃からまもり、夜中もピーピーヨと夫婦で鳴きかわし、いつ眠っているのかと心配するほどけなげです。田んぼの地主さんも巣立ちが終わるまで田植えも待ってくれている様子、近所中でいつも話題の中心。僕の住んでいるところは昔はまわりじゅう全部田んぼでした。近年住宅が建ってもう最後の砦の一枚の田んぼ、心優しい地主さんは無農薬で米を作っているので土の中に虫がたくさんいるので、他にもこまどりや沢山の鳥がやってきます。街になってしまいましたが、この安らぎは得難いものです。人の営みの原点があるからだとおもいます。今週は僕の遺伝子が呼んでくれたのでしょう。もと本籍地のたんぼで『アートでたんぼ』があります。



アートでたんぼ 6月1日(この日以外も田んぼでワークショップやらなにやらやっているらしい。)

会場:香川県三豊市高瀬町上麻南山
問い合わせ 河野博 TEL 0875-74-7687 atrhiko@nifty.com

出演 山本公成
河野博 河野洋司 林厚良 坂十死生 村井知之 若林輝則 松山秀徳 秋山陣
秋山雅 寺田正春 川田ナショナル HAKUZAN TUKURENJYA G-LAFT…

時間帯とかもゆる〜くて、朝から日が沈むまでとかそんな感じです。
参加費は一応無料で、会場となる田んぼで収穫されたアートライスの予約という形で1キロ1000円頂いています。これも完璧自由です。


http://tanbo.exblog.jp/

つむぎの村の祭り

  • 2008年05月28日(水)
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愛媛「つむぎの村の祭り」今治市大西町藤山文化公園親水広場

つむぎの村の祭り

  • 2008年05月28日(水)

愛媛「つむぎの村の祭り」今治市大西町藤山文化公園親水広場
5月24日船で高松に着き雨がだんだん激しくなり夜8時半頃会場に到着した頃豪雨
でしたが、村長キャンベル中心にみんなニコニコおだやかに楽しい雰囲気に満ちていました。しばらく会場の雰囲気を楽しみ宿舎に向かいました。ゆっくりやすみ翌日はうってかわって快晴。
「人が人らしく集える村のお祭りです」というキャンベルの呼びかけの通り
兵頭さんとジュンコさんのデュオユニットにグーと感動。
平和な村の祭りによいしれていました。ここに集えてよかった。
ライブアース松山のダイスケもかけつけてくれ、ディジュリドゥーでスピリチュアルなセッション、おたがいを確かめ慈しむとても深い世界でした。未来をつむぎだすのは今という瞬間、今が慈愛で満たされてあることが未来に直結しています。

みんながとけあった、あたたかい村でした。キャンベルありがとう。
みんなありがとう。

アース松山 その1

  • 2008年05月22日(木)
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5年まえ、松山大学で芸術の講座で講義をした翌日、浜辺のカフェ「ブエナビスタ」で
ライブをしました。そのライブのなかで松山の若い方々とセッションをしました。演奏のあいまステージからはなれすこし音合わせをしただけでセッションにはいりました。「今であった友達と演奏します」と紹介。夢のように素敵な音楽の時がながれました。このアース松山を企画し実行に移したメンバーはここでであった人々が中心に成って実現したのでした。その後たびたび愛媛にご縁をいただき、一緒に演奏した大輔から、メールや電話で地球環境を大切にする何か行動を起こしたいと熱いコールがありました。愛地球博で朝崎郁恵さんと風の楽団でご一緒させていただき、松山のこのメンバーの若い方々の中にお弟子さんもおられ中心に成って活動されていました。
ただならぬ繋がるご縁。

大輔やったな!!

前日会場でリハーサル。

沢山の地域の方々の協力援助。たくさんの男前、女前の顔がみえました。

アース松山 その2

  • 2008年05月22日(木)
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朝崎郁恵さんと久々にお会いする。


海を見渡す丘の上。夕焼けがきれい、明日の天気はまちがいなく晴れ。

翌日、エコなマーケットが沢山。マイ箸のワークショップ、マイコップ、マイ皿、

デポジットで借りられるシステムもあり忘れた人にも優しく

おいしい貝飯など食べて楽しい地産地消。

アース松山 その3

  • 2008年05月22日(木)
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田中 優さんの楽しくわかりやすく怖い現実を楽しい未来に変換するトークライブ

隠されて表に出てこない情報を、皆がつどい、知り、伝える大切さを実感。

アース松山 その4

  • 2008年05月22日(木)
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OTOさんのトークライブ、虹の岬で楽しく演奏し語り合ったOTOさんが1曲一緒にと

「マライカ」、コイケリュウイチさんのムビラ気持よかった。

アース松山 その5

  • 2008年05月22日(木)
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Koseiのライブ、いつも写真はすぐアップできなかったで友人にカメラをあずけ

てとっていただきました。

アース松山 その6

  • 2008年05月22日(木)
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朝崎郁恵さんすばらしいオーラ。

NHK 2004年のみんなのうたでご存知の『ありがと、サンキュー』の大合唱。フィナーレ

がんばった大輔

虹の岬まつりの帰路にであったこと その1

  • 2008年05月16日(金)
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正木家に到着、ご挨拶をしていると。車からオイルが大量にながれていますよ、と叫ぶ声がきこえ外に出てみると、オレンジ色の液体が流れ出ていました。誰の目から見てもこれはもう動かないなという状態でした。
RIKIの車が僕たちより少し前に到着こわれて動かなくなって、JAFをよんで到着するのを待っているところ、僕の車からも液体が流れているのでみんなビックリ。
僕も、JAFに早速電話で住所等確認、その後到着時間をコールバックしてくれるだんどりをとりました。その後すぐにそちらに向かっている救援車があるので一緒に見てもらってくださいとの連絡が入りました。悲しく動揺する気持より、よくここまで連れてきてくれたなという感動の気持がわきあがり、ありがとうトーラス君きみはえらい。山道で動かなくなっていても不思議ではありませんでした。山深いところで電波も圏外のところで止まってしまえばと想像すればゾットします。車にも心は通じるというお話は以前にもしました。今度も通じていたと思いました。いつもありがとうと声をかけながら17万4千Kmともにはしってきました。地球一回り4万Kmです、4周と少し。神様がこの楽園で眠っていいよとトーラス君にささやいたのかもしれません、祭りの最中、「トーラス最期の勇士」という言葉が何度もよぎり写真を撮っておかなければとしらずしらずシャッターを切っていました。今にしてみればこの事だったのだとおもいました。RIKIちゃんの車もほぼ同時に、全く同じ場所で動かなくなる。不思議な事が重なり異口同音によくここまで連れてきてくれてありがとうよかったね!!とみなポジティブ、不思議な光景が繰り広げられました。皆ニコニコしているのです。
僕は、大きな変化の力が働いているのを感じました。

虹の岬まつりの帰路にであったこと その2

  • 2008年05月16日(金)
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正木チコさんが「ゆっくりしていってください、7日に東京から帰ってきますから会っていってください。きっと大喜びします。」会場で近いうちに会えますよとおっしゃっていたのはこの事。神のおはからい。
次の瞬間、時がゆっくり流れはじめるのを感じました。安らぎと至福に満たされました。静かに流れる水のような時。土の優しく包んでくれる懐かしさ、木々の力強い気、がビジョンとしてリアルにたちあがりました。

一休みしてからチコさんがお散歩しましょと裏山に案内してくださいました。
杉、檜を伐採したあとの、荒れ地に正木さんの呼びかけに答えた志の高いみなさんがいろいろな雑木を植えた3年目の雑木林、確実に根着いた木々が風にそよいでいました。心に響く生命の風の音がきこえ僕たちの細胞も喜んでいました。3年という時間でこんなに心地よい林が出来る事に感動し僕も木を植え、大地を感じていたいと思いました。ベランダでチコさんとお嬢さんのラビさんがインドの聖歌をうたってくださいました。お茶畑にこだます、透明な響き木々も僕らも元気になりました。

虹の岬まつりの帰路にであったこと その3

  • 2008年05月16日(金)
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トーラス君に載せていた楽器等を積み替え大阪に帰る手だてを考えなくてはなりません。正木さん一家が信頼している、Yモータースに相談する事にしました。
事情が事情だけに信頼感が一番です。ゴールデンウィーク中なので、コンビニATMも7日でないと、お金を引き出す事が出来ないし、様々な手続きも出来ない事が判明7日に車を購入する事になりました。つまり、正木高志さんが東京から帰ってくるまで僕たちはこちらにお世話になる事にきまったわけです。

もうすぐ一年で一番忙しい新茶摘みと田植えがやってくるそうです。
僕らは、お茶畑の草取りのお手伝いをさせてもらいました。最初のうちはよくわからないまま、笹を抜いたり、はこべを抜いたりしていたのですが、「ヘクソ葛」という賢いしかも残してしまうと、名の通り味も香りも悪くなる危険なやつを教えてもらいました。こいつが、かしこいのです。みごとにお茶の新芽のまねをするのです。よくよく見ると小さな蔓がくるりとまいているのです。こやつをみつけると「メッケー」と声を上げて抜きにかかります。お茶の木にクルクル巻き付いて、樹勢を弱めるにっくきやつ。根っこまで引っこ抜いた時の嬉しい事、楽しい事。土から元気をいただきお茶の香りに包まれて幸福。上の廃村の清流に自生するクレソンを摘みに行ったり、静かな穏やかな時が流れ、インドの神様にささげるお祈りの唄を聴き、だんだん一緒に唄えるようになり。心があらわれる暮らしにどっぷりつからせていただきました。

虹の岬まつりの帰路にであったこと その4

  • 2008年05月16日(金)
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7日のYモータースでニッサンの商用車を購入午後3時熊本空港にラビさんのお供で正木高志さんをお迎えにゆき、道すがら僕のニッサンに乗り換えて話しながらおうちにつきました。東京での憲法九条国際会議のこと、一般には報道されていないそうでが2万人の人々が集まったそうです。特に若い人が多かったそうです。会場に入りきれない人々が喜びの歓声をあげていたそうです、入りきれないほどの集まりをよろこんでのこと。彼は壇上に招かれ今まで九条は芋虫、おそいながらも歩を進め、成長しいま繭を作り蝶になる時、蝶になり羽ばたくときその羽ばたきは世界に波紋を広げ
世界の九条になると発言し大喝采を浴びたそうです。なんと嬉しいことば。ウォークナインで松江から六ヶ所村まで木を植えながら九条をかみしめ芋虫のごとくあゆんだ
人だからこその喜びが伝わってきました。土に根ざし平和を求める暮らし。僕らにこの出会いの機会をあたえてくれた神に感謝します。その晩は、サヨコオトナラ、茶摘み田植えの若者がたくさん集い唄い語る喜びの宴。なんという幸福。
翌日8にち。たくさんの楽器などの荷物と至福のこころを持って帰路につきます。
マイサ(正木高志さんが唄う時の名前)に押戸岩(磐座)には是非行くようといわれ
ドゴンの笛で奉納演奏。縄文そのもの。至福の時でありました。
夕刻別府港からサンフラワー号のひととなる。9日あさ南港着。2匹のネコ嬢たちはさぞご立腹のことおそろしいでござります。

虹の岬まつりの帰路にであったこと その5

  • 2008年05月15日(木)
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5月11日早朝5時に目覚め、熊本ナンバーのニッサンで鳥取県の実家へどうしても、帰りたかった、草を抜き、種を撒きたかった。森の住人の一歩を標したかったのです。
そして、北側の石垣にお茶の木発見、ヘクソ葛もどうどうとからまっていました。これぞ無農薬雑草のごとく生きていたお茶の新芽を摘んで(一回分くらいかな)帰ってきました。

虹の岬まつり2008 18th  その1

  • 2008年05月13日(火)
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5月1日大阪南港からサンフラワー号に乗り込むワクワク楽しいナイトクルーズ
ゴールデンウィークでごったがえす中ラッキーな事に寝台でゆったりぐっすり眠る事が出来ました。
2日朝8時船は1時間遅れで別府港に到着、以前は大渋滞で別府港からのろのろ運転で大変でしたが今年はどういうわけか別府の街もあっという間に通り抜け湯布院の美しい山並みをながめながら順調に進む、好天に恵まれ汗がにじむほど暑いので、実験的にこのまえ直してもらった17万4千Km苦楽をともにした愛車トーラス号のエアコンをかけてみましたが、どうも調子が良くない、効いていないのです。窓を開けて走っていれば爽やかそのもの、マッイイヤと気持よく走り会場に着きました。今年初めての狩尾原野オケラ山、標高950m阿蘇外輪山の頂上広大な草原、連なる緑の山青くすんだ天空に子供心を解放させる鯉のぼりが心地良さそうにたなびいています。

虹の岬まつり2008 18th  その2

  • 2008年05月13日(火)
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ひんやりとした風がほほをなで、そこここで懐かしい友と微笑みをかわす。タープもおとなりのかたに手伝っていただき出来あがり居住環境グー。僕たちの出番は3日の夕刻なので今日はのんびりしようと、ゆっくり車から荷物をおろし、タンクをもって水場に向かって歩いているといると、サヨコオトナラのメンバーがそろっているところに通りかかった、サヨちゃんが今から曲順の打ち合わせをするところ公成さんも何曲か入りませんかとさそってくれ、水を汲んだら楽器をもってリハに参加することにしました。

虹の岬まつり2008 18th  その3

  • 2008年05月13日(火)
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5サヨちゃんはアースデイ扇町公園にでてもらい、何曲か一緒に演奏しているし、オトさんとは東京で下村誠さんの追悼コンサートでお会いしたし、今週のまつやまLOVE EARTHで一緒だし、ナラさんは2回れんぞく[紬の村まつり]でご一緒したし。
3人そろってご一緒というのは初めてです。リハでオトチャンがこのクリシェラインも一回やっと来ますねと、親切に何回もさらってくれたので心を込めて気持よく演奏できました。シリウスではドゴン族の笛を吹き、子供達が歌うクリキンディーはあまりにも美しい歌声に、この子達の為にぼくらがまもってあげなくてはとジーとしみてきました。皆がすこしづつ押した分本番は遅くなり、おわったのは11時を回っていました。すぐ車にもぐりこんで温かくして眠りました。

虹の岬まつり2008 18th  その4

  • 2008年05月13日(火)
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翌朝、朝のいろいろな行事を終え、お茶を飲んでタープの中で29弦のカンクレスをチューニングしていると、ギターをぶら下げた優しい目をした青年が「それ、なんという楽器ッスカ イイオトッスネー」これにあわしてちょっと弾いてみて『あええかんじやねー』おとなりのテントの人がマッサージ屋さんでおきゃくさんがよろこんでくれます、僕も好きですこんな優しい響き。反対のおとなりからシタールを持った青年がやってきてセッションになり、お茶をおだししてとても祭りらしくなってきました。すると、一年の半分は印度にいっている彼は本格的カレーをごちそうしてくれました。本番のラストに「祈り」をやることにし彼らにはいってもらう事にしました。シタール「ヒデ」ギター「コウキ」いい感じ。本番やはり1時間位押して、夕刻より暗くなっていました。僕とほしこで4曲心を込めて演奏ヒデ、とコウキにはいってもらった「いのり」心込めて祈りました。演奏が終わり歩いていると「山本公成さんですか、正木です。とてもよかったです。」と声をかけてくださるご婦人、「正木高志の妻です」あーあ、あのウォークナインの正木さん。著書「木を植えましょう」と「月ゆめ」を交換してよろしくお願いします。「正木さんとお会い出来たらいいのにね」「正木はいま東京で7日に帰ってきます。きっとあえるような気がします。正木もお会いしたがっていました」。昨年島原普賢岳と阪神淡路大震災の犠牲者の追悼の帰路オーガナイザーの方がフルート奏者の真砂秀明さんにご縁のある方だったので、海にしずむ夕日の見える高速道路のサービスエリアで真砂さんに電話をしたとき、いまうちに正木さんがいらっしゃるよと話していた事がいまこうなっているのかな。お会いしたいと思っていたかたに会えるなんてなんて不思議な事なんでしょう。チャいを飲んだり。おともだちとお話ししたり、しているともうすぐ眠くなって。「だいごろう」はゆめの中で聞いた。幸運なことに今夜もそう寒くない。

虹の岬まつり2008 18th  その5

  • 2008年05月13日(火)
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あけて4日、きょうは船に乗る日、ゆっくりお茶を飲みながらも帰り支度をてきぱきと進めていました。そこに、正木さんの奥様チコさんから携帯電話ががはいりお昼をご一緒しましょうとお誘いがありました。携帯の電波がとぎれとぎれになりながら、道を探し菊池市に入りアンナプルナ農園こちらの可愛らしい看板を見つけ右に行くのをどういうわけか左にそこは、ごろ石がとびだした悪路なにか車の底がゴズ、キーンと金属音がしました。これ以上進む事は無理と判断すこし広いところでユーターン、元来た道をゆっくりとってかえし、正解の道にたどりつき萌え木色の広々としたお茶畑の道をすすみ木の瀟酒なおたくのアプローチにたどりつきました。
この続きはまたあした。