この『おとらく手帳』は、2006年〜2010年です。2011年以降は、新しい『おとらく手帳』へどうぞ!

新潟、十日町、大地の祭りに行ってきました。越後妻有アートトリエンナーレ

  • 2009年07月27日(月)
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キドラットとイフガオの仲間に会いたいと、
23日の深夜大阪を出発。十日町市には昼前に到着。
下条の現場にワクワクして行きました。
そこは、イフガオでした。棚田にイフガオの高床式の藁葺き屋根
ドキドキしながら歩いて行くと、キドラットがカメラをまわしている姿が
みえました。ぼくは笛を吹きながら、ぬかるむ道をのぼりました。
嬉しい再会。
時間の経過を感じない、フィリピンにいるような再会。
ゆっくりした時間がながれる、キドラットはウイットとユーモアにとんだ語り口で
16人のイフガオ族の仲間とやってきたエピソードを語ってくれました。コンテナ一杯のハット(高床式住宅)の木材を運ぶより、ビザやパスポートをとるための
ペーパーワークにてこずった、彼らの暮らしには、そんな書類は不必要。
何事もなかったように語ってくれました。

新潟、十日町、大地の祭りに行ってきました。その2

  • 2009年07月27日(月)
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精霊と語り合いながらの暮らしている農民の暮らしはア−トそのもの、カービングの工房では一対のトーテンポールを彫っていました。あっというまに、そのへんにころがっている竹の端材の紋様をいかし龍のような口琴を作る様子は職業的に口琴を作っている職人の比ではないと感じられます。
近代化というのは分業の歴史で専門家されてもアートとはかけ離れて行く。暮らす事を慈しみ楽しむ山岳民は達人。暮らしを味わい、慈しむ結果が結果として作品になっている。この過程をすべて残さず記録しようとするキドラットの鋭いカメラワークが物語っています。すべてをともに味わいたいと思いました。

トーテンポールを下の工房から運び上げるのはアートそのものでした。太い松の木をカービングで彫り上げたものを人力で担ぐ、ガンサと呼ばれる、リズムとメロディーを表現するドラと正装のフンドシでぬかるみの細い坂道を知恵と技術を神聖な儀式として担ぎ上げる姿は、現代の重機を駆使して施行する工事とは全く別の、崇高なものでした。

新潟、十日町、大地の祭りに行ってきました。その3

  • 2009年07月27日(月)
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夜彼らはコミュニティーの交流会にでかけ、越後の人々とがっちり繋がり上機嫌でおかえりでした。その間僕らはOTO,ラビを迎えに下条駅に、かわいい駅舎とホームにとことこ入ってくる一両の電車もかわいい。学生さんや通勤帰りの町の人の為のお迎えバスが待っていて、ほのぼのとした心地よさを満喫しました。

翌日、棚田で僕らは儀式の奉納のように演奏、昼過ぎ帰路につきました。

ご無沙汰いたしておりました。

  • 2009年07月06日(月)
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ご無沙汰いたしておりました。なにか重大な事故病気などではと、ご心配をいただき
電話をいただいたり申訳ありませんでした、かつありがたく心にしみいるものがございました。
フィリピン手帳で「つづく」と表現して以来ともかくとても忙しく「つづく」だったのです。
僕のなかでは、旅は続いていたのですが、書くという行為にいたらず時はながれていました。今に生きる、僕の中の連続性で事足れりとは決して思っていませんが、今を起点に前後左右上下しながら、書き進めたいと思います。

フィリピンでお世話になり、楽しく、深い表現をともにした、ベルリン映画祭受賞の世界的映画監督で芸術家キドラット タヒミックさんが越後妻有アートトリエンナーレで来日しています。旅は、創造の神との出会いであり、生かされている今を輝かせてくれるものです。この手帳に書くいと間もなく動かされる原動力はフィリピンの出会いの中に有りました。
二千年の歴史を持つ棚田、j高床式の藁葺き家屋、ふんどしの踊り、木、みず、風 石
八百万の神々をあがめ祈る、精霊を身近に感じる山岳の民族に僕は畏敬の念を持ち、僕たちがここからも来たことを感じた。フィリピンを旅した仲間と7月の末頃、
越後妻有でキドラットさんと再会しまた新たな旅がはじまる予感。