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私的コーディリレラ棚田 その1−1

  • 2009年02月27日(金)
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もう出発してから1ケ月たって日本にいるのにまだ続いている旅のおはなしです。
三重県亀岡市「月の庭」の歌舞伎昌三(癌をかかえた舞踏家)のよびかけで、頸椎手術回復者の僕が、月乃光司さん主催の「こわれ者の祭典」に参加それ以来何度も共演した歌舞伎昌三こと岡田マサルさんが2008年12月9日最後になるかもわからないと連絡を受け病院にかけつけベッドの上の彼とセッション、生きるとはこんなに劇しく美しく哀しいことを胸に刻みつけました。彼の病床に東ティモール以来活動をマサルさんとともにした環音(わおん)の広田奈津子さんサダムさんがいらっしゃいました。11日の告別式にもお会いしました。
その後電話でフィリピンの棚田へ行きませんかと、おさそいいただき
2009年1月23日、マサルの魂とマニラに到着していました。
(環音は音楽を通して平和な世界をひろめようと活動している団体です。)

2009年が始まって猛烈なスピードで神仏の手によっていざなわれている事を感じていました。

法然院の梶田真章師、笛の中野亘さんのご縁をいただき、2009年1月19日~20日天橋立元伊勢神社に磐笛の奉納演奏に参りました。
つね日頃からすべてのことに意味がある事を感じ暮らしていますので、フィリピンは第二次大戦で日本軍が侵略し多くの犠牲者をだした所であり、この奉納演奏がきっと大切な一歩と雪降る神前で一心に平和を祈る奉納演奏をさせていただきました。
23日にはTシャツ姿で汗のしたたるマニラで舞踏家の純さんと広田さんと合流、夜暗くなると山岳地帯の悪路は危険と翌朝3時4輪駆動のピックアップトラックで出発。マニラ市内の渋滞に引っかかる事も無く車は順調に泥沼、絶壁インディジョーズのような道を進み、明るいうちに無事イフガオのマヨヤオ中央学校に到着しました。こどもたちの笑いごえと澄んだ歌声が聞こえています。
先に到着していた、OTOちゃんraviちゃんサダムさんたちが、準備を始めていました。

Cordillera Green Network(CGN)この地に根付き壮大なプロジェクトをオーガナイズされているアーネルさん真理子さんご夫妻とここで初めてお目にかかりました。
CGNに日本から参加してくれている、琴美さんまっちゃさん。
会場から少し上ると、ブリキで建てられた教会があり元気なこどもたちの笑い声がこだましていました。そこからの眺めは深い緑の聖なる山々と2千年生き続ける棚田。

会場に戻り僕らも準備をはじめる、電源が安定しません、照明をつけると全ての電源が落ちる、照明の電源を小型のエンジン式のジェネレーターから供給すると音響の電源も落ちなくなった。中学生が部族に伝わる演劇や踊りを懸命に表現している。
男子はふんどし裸頭に鳥の羽のかざり、女子は腰巻き(もちろん上は美しい衣装です)
部族によって衣装の色あいが微妙に違う後に教えてもらったのですが、部族によって
織り方が違い文様も違っているからだと解りました。
日本人の60歳の僕は心を込めて演奏した。純と舞踏のコラボレーション、今の自分に極限で向き合った表現をしました。心づくしの食事をいただき、宿舎にたどりつき、飛行機移動、15時間自動車移動到着即、演奏。ともかく今日は終わった。興奮していて疲れている事すら解らないくたくたの状態でしたが、瞑想で平常心をたもつことができました。