この『おとらく手帳』は、2006年〜2010年です。2011年以降は、新しい『おとらく手帳』へどうぞ!

演奏から帰って、、機材を置くと

  • 2006年07月19日(水)
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演奏が終わり、機材を車からおろして、家に運び込んで、すぐ、このようになります。

喜界島  その(1)

  • 2006年07月02日(日)
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6月24日(土)鹿児島県喜界島で開催された「しま興しまつり」に招待されて九州初の自転車発電ライブをやってきました。
アースデイや、スマトラ沖津波救援緊急ライブの自転車発電ライブで繋がった仲間、桑名正博さんが、奄美の喜界島の島おこしイベントで自転車発電ライブを実現する核となってくれ急遽実現したものです。
自転車発電が直接CO2削減に効果をもたらすと僕達は思っているわけではありません。
しかし、現代生活の中でどれだけの電気がウエイトを占めているのか、それがどのように出来てくるのかを楽しくわかりやすく共有出来ることは、回を重ねるとより鮮明になってきました。
今回は、とくに子供達が楽しそうにこいでくれて笑顔が満ちていました。
最近毎日のようにこども達が被害に会うおぞましい事件。若者が生きづらく事件に巻き込まれたことを報道される事を見るたび、胸苦しくなりますが。この喜界島の祭りからはそんなことが世の中で起っているとは想像出来ないほど平和でいきいきしていました。それには60年前のあの戦争の悲しい歴史をのりこえた島の人々の心底の強さと優しさがあることが大きな力の源にあると思いました。

喜界島 その(2)

  • 2006年07月02日(日)
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喜界島は奄美大島の近くですが、飛行機からみるとほとんどが平地、珊瑚礁でできた滑走路の為のような島です。島の人達は、木陰にあつまり、自転車を漕いでいるのは、島の子供達。子供達がニコニコ笑い自転車発電をし、梅雨明けのぬけるような青空に、心地よい風が吹き抜けるなか、(山本公成、ニョタ、キュー、ミスター・オー)で出演してきました。焼け付く日ざしを浴び肌をまっかにしながら、発電機の整備に汗をながすミスター・オー。地元の土岐兄弟(Doki Doki)が演奏もしてスタッフで走り回っているさわやかさ。若者がテント等の片付けに生き生きと動いてくれて、ライブペイントに感動した中学生くらいの女の子たちが、リキューさんをとりかこんでサインをねだっている、なんとも感動的な、光景にうるうるしました。

喜界島 その(3)

  • 2006年07月02日(日)
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翌25日は、ファンキーステーション・サバニで行われた桑名さんの「海と月と風と」ライブにもゲストで出演。

喜界島 その(4)

  • 2006年07月02日(日)
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60年前の同年代の若者が特攻隊員として帰る事のない飛行の滑走路に咲く「特攻花」を撮影し続けた写真家仲田千穂さんと、「戦いの矛盾」というCDのなかで「飛んではいけないひこうきを何度も見送る、滑走路」と歌うシンガーソングライター熊木杏里さんとのコラボレーションとおおくの楽しい仲間とのであいの場でした。

喜界島 その(5)

  • 2006年07月02日(日)
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ぼくたちが着地したこの同じ滑走路から、帰りの燃料も積まないで飛んでいった、飛んではいけない特攻隊の若者が飛んでしまった滑走路、だと気づいたときふるえました。この今を生きる若者が、過去の若者の極限の今を共有しそこに美しく群れ咲く特攻花、若い人がいきいそぎ、生きにくい今、仲田も「私は、ひとりぼっちだった」と、でも仲田と熊木を会わせたかった桑名正博がいた。

喜界島 その(6)

  • 2006年07月02日(日)
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自転車発電のペダルを一歩踏み出すことで子や孫の未来をつむぎ、汗と筋肉痛でニコニコ笑って感じあえたこと、ライブハウスサバニで喜界島のみんなとともに泣き笑い。感謝。

感謝のスィッチ

  • 2006年06月20日(火)

スタジオでなかなか好い感じでレコーディングは進んでいます。僕はスタジオという水槽のなかをおよぐお魚ですが、御縁がつながり、そとに泳ぎ出させていただくと奇跡のように繋がっている事にあらためて感動する時でもありました。「かんなび」のウッキー、フーちゃんの個展のラストの日にコンサートをさせていただき、そこにはじめてこられていたMさんが、
「熊野本宮ふれあいの里」にはじめておでかけになり
50畳のウッドデッキを見られ開口一番、「ここで山本公成のコンサートをすればいいでしょうね」と、オーナーのA氏に伝えると、なんと、A氏は「それ、僕の友だちやでー」さっ
そく連絡とり、昨日A氏と久々に天王寺で再会。なにかに導かれている事を感じまし
た。堰をきったようにお互い語りはじめ、あっというまに6時間ほどたっていました。
偶然はないと、確信するようになりました。
僕は、頚椎の手術をしいま生かされている事に気づかせてもらい、日々感謝で生きて
います。このことは決して忘れる事はありません、何故ならば、いつものどの痛み、
と首の痛み、鎖骨から背中にかけての緊張、死ぬまで、感謝のきもちを忘れない為の
スィッチのようなものだとおもいます。A氏もたくさんそのスイッチをおもちでした。

水槽のなか

  • 2006年06月13日(火)

外洋を回遊していた、かつおである僕。ツアーは楽しく、終わるのがいやでまた旅に出るのです。一段落着くと祭りのあとのようなよろこびに満たされているのですが、じっとしているとなにか座りが悪いと云うか、、今年も一月の厳寒のリトアニアに始まり、京都 和歌山(瀬井)、松山、アースデイ(自転車発電ライブ)阿蘇、東京、今治etc、ユーラシアンルンのツアーでひと段落。今、わがやのスタジオという名の小さな水槽で泳ぎはじめました。旅でであったたくさんの人々、、、風 土、月、森、温度、その息吹をゆっくりゆっくり感じる時がきました。べつに決めていたわけではないのですが、ゆっくりしなさいよと云うように6月が空いていて。旅の機材や増えた楽器で乱雑にトッ散らかっていたスタジオにも優しい気持ちで入れるようになり快適な水槽になりつつあります。

8月からは裏の草茫茫のガレージが建設現場になる.
わがスタジオは2重窓になっていますが。重機の振動や音までは止められないでしょう。
6月のこの今、どうぞという感じで、このゆっくりした静かな時を思いっきり楽しもうと思います。昨夜9時過ぎ、大阪市中央区の「楽」で7月14日にやるライブの打ち合わせに行きました。入るなり「やーコウセイさん」と友だち、に声かけられ嬉しいな、テラスで竹のベンチとテーブルでお気に入りのベトナムコーヒーを飲んでいると、土の庭に大木が生い茂り、暑いのにひんやり、ベトナムは行ったことないけど、バリ島の友人の家に居るようなくつろぎと懐かしさがありました。いっぽ外に出ると、ヒートアイランド現象。アスファルトがねっせられたむせ返るような暑さなのに。

ユーラシアン ルン ツアー 2006 その1

  • 2006年06月03日(土)
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5月19日ー30日にかけてのツアーでした。
毎日が、楽しく素晴らしい 出会いがあり、あっというまに終わってしまったように
感じました。19日は、大阪アメリカ村後藤屋材木商店、雨にもかかわらず沢山のお客さま。オリエンタルダンサー,ヤスミンさんも入り、初日から大盛り上がり。その夜は全員拙宅にとまり翌朝早く出発。三重県「月の庭」台風が来ていて雨の時どうしましょうと前日問い合わせがあったのですが、僕は雨は降りません、外でやりましょうと断言。どうしても月の庭の林のなかでしたかったので、台風も雨もかんべんしてくれと祈る気持ちがつうじたのか、雨はあがり、歌舞伎昌三の舞踏、あでやかな生命が輝き、一瞬一瞬がきらきらしていました。舞ちゃんとの命慈しむ表現には絶句。