この『おとらく手帳』は、2006年〜2010年です。2011年以降は、新しい『おとらく手帳』へどうぞ!

アース松山 その1

  • 2008年05月22日(木)
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5年まえ、松山大学で芸術の講座で講義をした翌日、浜辺のカフェ「ブエナビスタ」で
ライブをしました。そのライブのなかで松山の若い方々とセッションをしました。演奏のあいまステージからはなれすこし音合わせをしただけでセッションにはいりました。「今であった友達と演奏します」と紹介。夢のように素敵な音楽の時がながれました。このアース松山を企画し実行に移したメンバーはここでであった人々が中心に成って実現したのでした。その後たびたび愛媛にご縁をいただき、一緒に演奏した大輔から、メールや電話で地球環境を大切にする何か行動を起こしたいと熱いコールがありました。愛地球博で朝崎郁恵さんと風の楽団でご一緒させていただき、松山のこのメンバーの若い方々の中にお弟子さんもおられ中心に成って活動されていました。
ただならぬ繋がるご縁。

大輔やったな!!

前日会場でリハーサル。

沢山の地域の方々の協力援助。たくさんの男前、女前の顔がみえました。

アース松山 その2

  • 2008年05月22日(木)
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朝崎郁恵さんと久々にお会いする。


海を見渡す丘の上。夕焼けがきれい、明日の天気はまちがいなく晴れ。

翌日、エコなマーケットが沢山。マイ箸のワークショップ、マイコップ、マイ皿、

デポジットで借りられるシステムもあり忘れた人にも優しく

おいしい貝飯など食べて楽しい地産地消。

アース松山 その3

  • 2008年05月22日(木)
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田中 優さんの楽しくわかりやすく怖い現実を楽しい未来に変換するトークライブ

隠されて表に出てこない情報を、皆がつどい、知り、伝える大切さを実感。

アース松山 その4

  • 2008年05月22日(木)
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OTOさんのトークライブ、虹の岬で楽しく演奏し語り合ったOTOさんが1曲一緒にと

「マライカ」、コイケリュウイチさんのムビラ気持よかった。

アース松山 その5

  • 2008年05月22日(木)
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Koseiのライブ、いつも写真はすぐアップできなかったで友人にカメラをあずけ

てとっていただきました。

アース松山 その6

  • 2008年05月22日(木)
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朝崎郁恵さんすばらしいオーラ。

NHK 2004年のみんなのうたでご存知の『ありがと、サンキュー』の大合唱。フィナーレ

がんばった大輔

虹の岬まつりの帰路にであったこと その1

  • 2008年05月16日(金)
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正木家に到着、ご挨拶をしていると。車からオイルが大量にながれていますよ、と叫ぶ声がきこえ外に出てみると、オレンジ色の液体が流れ出ていました。誰の目から見てもこれはもう動かないなという状態でした。
RIKIの車が僕たちより少し前に到着こわれて動かなくなって、JAFをよんで到着するのを待っているところ、僕の車からも液体が流れているのでみんなビックリ。
僕も、JAFに早速電話で住所等確認、その後到着時間をコールバックしてくれるだんどりをとりました。その後すぐにそちらに向かっている救援車があるので一緒に見てもらってくださいとの連絡が入りました。悲しく動揺する気持より、よくここまで連れてきてくれたなという感動の気持がわきあがり、ありがとうトーラス君きみはえらい。山道で動かなくなっていても不思議ではありませんでした。山深いところで電波も圏外のところで止まってしまえばと想像すればゾットします。車にも心は通じるというお話は以前にもしました。今度も通じていたと思いました。いつもありがとうと声をかけながら17万4千Kmともにはしってきました。地球一回り4万Kmです、4周と少し。神様がこの楽園で眠っていいよとトーラス君にささやいたのかもしれません、祭りの最中、「トーラス最期の勇士」という言葉が何度もよぎり写真を撮っておかなければとしらずしらずシャッターを切っていました。今にしてみればこの事だったのだとおもいました。RIKIちゃんの車もほぼ同時に、全く同じ場所で動かなくなる。不思議な事が重なり異口同音によくここまで連れてきてくれてありがとうよかったね!!とみなポジティブ、不思議な光景が繰り広げられました。皆ニコニコしているのです。
僕は、大きな変化の力が働いているのを感じました。

虹の岬まつりの帰路にであったこと その2

  • 2008年05月16日(金)
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正木チコさんが「ゆっくりしていってください、7日に東京から帰ってきますから会っていってください。きっと大喜びします。」会場で近いうちに会えますよとおっしゃっていたのはこの事。神のおはからい。
次の瞬間、時がゆっくり流れはじめるのを感じました。安らぎと至福に満たされました。静かに流れる水のような時。土の優しく包んでくれる懐かしさ、木々の力強い気、がビジョンとしてリアルにたちあがりました。

一休みしてからチコさんがお散歩しましょと裏山に案内してくださいました。
杉、檜を伐採したあとの、荒れ地に正木さんの呼びかけに答えた志の高いみなさんがいろいろな雑木を植えた3年目の雑木林、確実に根着いた木々が風にそよいでいました。心に響く生命の風の音がきこえ僕たちの細胞も喜んでいました。3年という時間でこんなに心地よい林が出来る事に感動し僕も木を植え、大地を感じていたいと思いました。ベランダでチコさんとお嬢さんのラビさんがインドの聖歌をうたってくださいました。お茶畑にこだます、透明な響き木々も僕らも元気になりました。

虹の岬まつりの帰路にであったこと その3

  • 2008年05月16日(金)
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トーラス君に載せていた楽器等を積み替え大阪に帰る手だてを考えなくてはなりません。正木さん一家が信頼している、Yモータースに相談する事にしました。
事情が事情だけに信頼感が一番です。ゴールデンウィーク中なので、コンビニATMも7日でないと、お金を引き出す事が出来ないし、様々な手続きも出来ない事が判明7日に車を購入する事になりました。つまり、正木高志さんが東京から帰ってくるまで僕たちはこちらにお世話になる事にきまったわけです。

もうすぐ一年で一番忙しい新茶摘みと田植えがやってくるそうです。
僕らは、お茶畑の草取りのお手伝いをさせてもらいました。最初のうちはよくわからないまま、笹を抜いたり、はこべを抜いたりしていたのですが、「ヘクソ葛」という賢いしかも残してしまうと、名の通り味も香りも悪くなる危険なやつを教えてもらいました。こいつが、かしこいのです。みごとにお茶の新芽のまねをするのです。よくよく見ると小さな蔓がくるりとまいているのです。こやつをみつけると「メッケー」と声を上げて抜きにかかります。お茶の木にクルクル巻き付いて、樹勢を弱めるにっくきやつ。根っこまで引っこ抜いた時の嬉しい事、楽しい事。土から元気をいただきお茶の香りに包まれて幸福。上の廃村の清流に自生するクレソンを摘みに行ったり、静かな穏やかな時が流れ、インドの神様にささげるお祈りの唄を聴き、だんだん一緒に唄えるようになり。心があらわれる暮らしにどっぷりつからせていただきました。

虹の岬まつりの帰路にであったこと その4

  • 2008年05月16日(金)
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7日のYモータースでニッサンの商用車を購入午後3時熊本空港にラビさんのお供で正木高志さんをお迎えにゆき、道すがら僕のニッサンに乗り換えて話しながらおうちにつきました。東京での憲法九条国際会議のこと、一般には報道されていないそうでが2万人の人々が集まったそうです。特に若い人が多かったそうです。会場に入りきれない人々が喜びの歓声をあげていたそうです、入りきれないほどの集まりをよろこんでのこと。彼は壇上に招かれ今まで九条は芋虫、おそいながらも歩を進め、成長しいま繭を作り蝶になる時、蝶になり羽ばたくときその羽ばたきは世界に波紋を広げ
世界の九条になると発言し大喝采を浴びたそうです。なんと嬉しいことば。ウォークナインで松江から六ヶ所村まで木を植えながら九条をかみしめ芋虫のごとくあゆんだ
人だからこその喜びが伝わってきました。土に根ざし平和を求める暮らし。僕らにこの出会いの機会をあたえてくれた神に感謝します。その晩は、サヨコオトナラ、茶摘み田植えの若者がたくさん集い唄い語る喜びの宴。なんという幸福。
翌日8にち。たくさんの楽器などの荷物と至福のこころを持って帰路につきます。
マイサ(正木高志さんが唄う時の名前)に押戸岩(磐座)には是非行くようといわれ
ドゴンの笛で奉納演奏。縄文そのもの。至福の時でありました。
夕刻別府港からサンフラワー号のひととなる。9日あさ南港着。2匹のネコ嬢たちはさぞご立腹のことおそろしいでござります。